原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
HLW地層処分地選定に関する日本型合意形成モデルの構築
(研究代表者)興直孝 イノベーション共同研究センター
(再委託先)独立行政法人放射線医学総合研究所、国立大学法人鹿児島大学
(研究開発期間)平成20年度〜22年度
1.研究開発の背景とねらい
本事業では、高レベル放射性廃棄物(HLW)処分地選定に関する日本型合意形成モデルの構築を進めている。エネルギー自給率わずか4%の我が国において、エネルギー安全保障の観点から自給率の向上は大きな課題である。原子力によるエネルギー供給が地球温暖化の観点から世界共通の課題となってきている今、科学技術立国を標榜する我が国の果たす役割が一層高まってきている。
特に原子力発電に伴って発生するHLW処分においては各国とも国民の合意形成を図りつつ、解決の方策が図られようとしている。我が国ではHLW処分に関する法令が整備され、その取り組みが図られてきているが、最終処分地の選定に向けての解決が図られない限り、我が国のエネルギーの安定的確保を図ることはできない。
処分地選定が困難になっている背景としてはHLWという特異性に加えてNIMBY(Not In My Back Yard)問題があると考えられる。便益を受ける個人、社会とも各自の問題として真剣に考えようとしたくないし、又、考えない状況にあると言える。こうした現状を打破し、協働して解決策を考えていくことが必要で、「みんなでともに考えていく」との考え方に立った日本型合意形成モデルの構築にあたってのあり方を提案しようとするものである。
2.研究開発成果
図1 研究課題の相互関係
日本型合意形成モデルの検討にあたっては、我が国特有の社会的背景や心理的要素等を様々な角度から分析することが必要である。そのため、原子力政策円卓会議をはじめ、既存の合意形成への取り組みで得られた知見の整理やその他のリスク認知や原子力発電に関する意識調査などの既存の研究成果を整理し、進め方における問題点と改善点について明らかにしようとした。具体的には、我が国におけるリスク認知・受容に至る特徴的な社会的背景や心理的要素の分析から得られた課題を踏まえるとともに、海外のモデルを参考にしつつ、我が国の合意形成モデルを設計・開発し、検証を行ってきた。国民ひとりひとりが、エネルギーの安定確保と廃棄物処理のこれらの課題を自分自身の問題としてとらえていくことが重要であり、このため、義務教育から生涯教育までの一連の教育プログラムの在り方、具体的提案を検討してきた。本研究では図1に示すように「教育プログラムの開発」、「リスク受容認知・容認要因分析」と「合意形成モデルの設計」の3研究課題の取組みによってHLW処分地選定に関する我が国に必要な「合意形成」のための総合的なグランドデザインを構築するものであり、原子力に対する信頼醸成のための社会学的アプローチのモデルケースとして研究を進めてきた。
「教育プログラムの開発」においては、義務教育から生涯教育までの一連の教育の中から特に義務教育と一般公衆教育を取り上げ、教育手法について検討を行ってきた。
図2 iPod touchによる一般公衆向けゲームの概要
一般公衆への教育では、エネルギー問題には十分な理解を持っているがHLW地層処分への理解が十分得られていないことが考えられる。そこで一般公衆が興味を持って、まず課題を認識してもらうことが大切であると考えた。これまでにスイスITC School of Underground Waste Storage and Disposalにおいて、本課題を主題とした専門家向けのロールプレイングゲームを開発していたことから、このスイスITCで開発した放射性廃棄物処分地選定に関するゲームを日本向けにカスタマイズし、一般公衆向けに簡略化するとともに、電子デバイスを用いて実施できるゲームとすることとした。電子媒体としては一般公衆が難しい操作を理解せずに、興味本位で操作できるようにすること等を考慮しiPod touchを利用することにした。また、本ゲームの目的は、一般公衆との対話等のワークショップで放射性廃棄処分地選定について、考えてもらうきっかけを提供することにあるため、「安全性」と「環境評価」の二点に絞り、図2に示すようなゲームを構築した。これまでに大学生を対象に構築したゲームを実施し、その後のアンケートを収集した。その結果、紙媒体よりも興味深い等の感想が得られた。また、加えるべきデータについて訪ねたところ、「各町の、処分地建設への賛成派と反対派の人数比」等の記載が見られた。このことは、人の意見よりも他人がどう思っていて、それに自分の意見と一致するかどうか検証したいと言うことを示唆しているように見られる。これらは初等教育で自分の意見を集約する訓練に欠如している日本人の特色を反映しているようにも思われる。今後さらに改良するとともに、これらの知見を活用しワークショップでの有効な活用方法についても検討していくこととしている。
図3 “RADWaste Project”のホームページ
「学校教育におけるデジタルコンテンツの開発」では、中学校理科(特に、単元「科学技術と人間」)において実施・実践することを前提にコンテンツ開発を進めた。平成20年の中学校学習指導要領の改訂により、エネルギー・環境に関わる内容が拡充されることになった。具体的には、単元「科学技術と人間」での目標・目的として、「自然環境の保全と科学技術の利用の在り方」について理解するだけではなく、解釈や判断することも射程とされるようになっていること、つまり、認知的な次元から価値的な次元への広がりは、これまでの学習指導要領理科には見られなかったことである。また、知識内容の面でいえば、科学的なエネルギーの種類(形態)ばかりではなく、その相互の変換と効率を教えるようになったことや、持続可能な社会の発展のための教育(Education for Sustainable Development: ESD)という観点からの科学技術、環境、人間生活の相互関係への認識を深めるようになったことが、新たな変更点と言える。これらを基とするとともに、イギリスの放射性廃棄物に関するデジタルコンテンツ「RadWaste」(図3)を活用し、通常の日本の中学の授業で使用可能なところまでの翻訳・開発を行った。また、中学校学習指導要領改訂に伴って新たな指導上の課題になりうる、科学・技術・社会の相互関係というSTS的な教育内容の理解とそれに関わる意思決定スキルの育成、そして、言語活動の充実を相互に関連付けた単元を開発し、実践した。グループでの議論の過程では、各種発電方法のメリット・デメリットについてトレードオフ(比較考量)する場面が見られた。各種発電方法についての認識は、授業進行に伴って、原子力発電に対する評価が高まっていく傾向が見られた。今後、デジタルコンテンツの実践を重ねて、更なる教育プログラムのモデル開発を行うと同時に、他のグループの知見を取り入れた、独自の中学校教育プログラムの開発も試みる予定である。
図4 不安要因と相互関係
「リスク認知・受容要因分析」においては科学的情報の伝達によってどのようにリスクが正確に認識されるのかについて検討を行うと共に、対話セミナーを実施し、その検討結果の検証を行った。これらの情報を基に、合意形成に影響を与えるHLWに関する様々なリスクの認知・受容に係わる要因について分類・分析を行い、効果的な情報提供のあり様を検討した。その結果、図4に示すように、事故発生に対する不安は、(a) 再処理技術そのものの安全性に対する不安(=技術的不安)、(b) 技術は成熟しているけれどもその施設を操作する人間の不完全性に対する不安(=人為的不安)、そして、(c) 技術の安全性、操業の安全性には不安はないけれどもそれらを上回る予想を超えた災害(例:大地震)への不安(=自然的要因)に分類できる事が示された。また、自然的要因の亜種として、完全には防ぎきれない災害として「テロリズムへの不安」があることが明らかになった。テロリズムへの不安は、(a)、(b)でないという点では(c)に分類が可能であるが、むしろ、「教育・情報開示の不足」であると考えられる。これらを総合すると、全ての不安・心配の要素は、最終的に「健康影響に対する不安」へと展開して行く意志決定の流れが予測された。
これら様々な不安要因について、上記フローに示す2つの分野の情報((i)高レベル放射性廃棄物処分に関する情報、及び、(ⅱ)放射線影響・リスクに関する情報)を提供することが、不安の形成にどのような影響を及ぼすのかを示すことで評価・検証することとし、対話セミナーを実施し、テキストマイニング法によるメッセージ分析を試み、キーワードとなる構成要素の出現頻度などの情報を得た。その結果、コスト、自給率、事故など、各自が勝手な具体的イメージを持ちやすい設問については、与えられた科学情報に比較的左右されやすい一方、 教育や情報開示の必要性の有無については、与えられた科学的情報によって比較的左右されにくいことが示された。今後、これら異なる傾向を反映させたパンフレットを作製し、反映させていないパンフレットと比較し、どちらが効果的に読み手に情報を伝えることが出来るのかについて、実施検討を行う予定である。
図5 日本型合意形成モデルの構造
「合意形成モデルの設計」では、実践的な「日本型合意形成モデルの設計」を行うための調査,研究活動として、①日本人特有のキーワードの抽出、②適切な合意形成過程(プロセス・手法)検討、③ ①、②の検討結果を踏まえた具体的な日本型合意形成モデル案の設計、を行ってきた。これまでに、合意形成に至る社会、地域の背景等の現状把握、問題の所在について整理を進め、更に、英国と我が国の事例について現地調査も含めて実施した。その結果、「議論する価値」と「場の長」そして「取り扱い領域」というキーワードを得た。合意形成の在り様を考える上で、地層処分の問題を地域社会で考えることの価値・意義、こうした問題を考える上での場を主導する存在の必要性、そして、こうした問題を考えるためには、市民参加による実効性を考慮した配電区分等を領域とすることについて検討を進めた。更に、合意形成を図るに当たってのアクションプログラムとして、制度システムの設計と地域固有の設計を進める二つの場の検討を行ってきた。今後、これらの結果に基づいてワークショップを開催し、モデルの有効性を検証することとなっている。
3.今後の展望
今後、それぞれの課題について研究をさらに進めるとともに、最終目標である「日本型合意形成モデルの構築」を図るにあたって研究者が協働して、これまでの我が国の原子力研究開発利用の発展の歴史等を踏まえながら、エネルギーの安定的確保とHLW処分問題について市民を含めて「みんなで共に考えていく」解決への取り組みを取りまとめていくこととしている。