原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
革新的原子力エレクトロニクス技術を活用した
原子炉制御・保全システムに関する基盤研究
(研究代表者)田中保宣 先進パワーエレクトロニクス研究センター
(再委託先)独立行政法人 日本原子力研究開発機構
(研究開発期間)平成20年度〜21年度
1.研究開発の背景とねらい
現在の原子炉施設では、電子回路を用いた各種電動機器の駆動システムが至るところで使用されている。更には、原子炉施設のみでなく核燃料再処理施設や加速器施設においても放射線環境下で各種作業ロボットが活用されている。しかし、シリコン(Si)を基材とする半導体素子は耐放射線性が極めて低く、放射線環境下での長期にわたる信頼性確保が難しいため、極めて高い安全性を必要とする原子力施設ではその使用が制限されており、低放射線場への駆動回路の設置や駆動回路を短いメンテナンスサイクルで交換することにより対処されてきた。しかしその結果、原子炉施設の肥大化・複雑化を招く上にケーブル脱着時の誤配線等、メンテナンスの際に発生するリスクも大きくなる。現行の軽水炉の格納容器内における事故時の積算線量は1.5 MGy程度と見積もられているが、既存のSi半導体素子の耐放射線性は10kGy以下と言われており極めて脆弱である。このような状況を打破し、革新的な原子力制御・保全システムを構築するためには耐熱・耐放射線性半導体素子を用いた各種駆動システムの開発が不可欠である。
本事業では、安全で経済的な原子力発電基盤技術の高度化に資するため、次世代の原子力施設で使用する事を前提とした炭化ケイ素(SiC)を基材とした耐熱・耐放射線性半導体素子を用いたモータ駆動回路を試作し、その耐熱(150℃)・耐放射線性(積算線量10 MGy)を実証することを目標とする。
2.研究開発成果
SiC半導体は、従来のSi半導体と比較して原子間結合力が強く且つ禁制帯幅が広いため、放射線による弾き出しや電離による損傷が少ないこと、並びに融点(昇華点)や熱伝導度が高いことから、高い耐放射線性と耐熱性が期待される。さらに、SiCは、適切な不純物の添加によりp、n両伝導型の制御が可能なこと、加熱により絶縁酸化膜が形成できること等の素子製作上有利な性質を兼ね備えており、原子力用半導体開発には最適な材料と見なすことができる。中でも、SiC静電誘導型トランジスタ(SiC-SIT)は、金属-酸化膜-半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)のようにその構造中に放射線耐性の弱い酸化膜を有しないため、耐放射線性の高い半導体トランジスタとして極めて有望である。本事業では、まず半導体素子単体としてSiC-SITが既存のSi半導体素子と比較して優れた耐放射線性を有しているかどうかの検証・評価を行った後、同素子をモータ駆動回路に組み込み、実際にモータを駆動させながらモータ駆動回路に放射線照射することにより、システムとしての耐放射線性を評価した。
図1に本事業で試作したSiC-SITとほぼ同じ定格電流、電圧を持つ市販のSi-MOSFET及びSi-IGBTにたいしてγ線を照射したときのオン電圧の変化を測定した結果である。Si-IGBTではγ線照射初期段階において急激にオン電圧が上昇していることが分かる。このような急激なオン電圧の上昇は、γ線照射により誘起されたSi結晶中の結晶欠陥がキャリアの再結合中心として働くことにより、IBGT特有の伝導度変調効果が抑制されたことが原因であると考えられ、耐放射線性半導体素子としては致命的な欠点と言える。一方、SiC-SITは吸収線量増加に伴いオン電圧は上昇するが僅かな増加にとどまっており、むしろfail safeの観点からは望まれる特性であると言える。更に、150℃ではオン電圧上昇は抑制されており、耐放射線性という観点から優れた特性を有していると言える。一方、図2は同じく各素子にγ線を照射したときの耐圧の変化を測定した結果である。Si-MOSFETでは吸収線量が増加するに従い耐圧の低下が見られると共に、リーク電流自体も増加している。これは、γ線照射によるゲート酸化膜中の正孔トラップや酸化膜/半導体界面の準位の発生に起因するサブスレッショルド特性の劣化が原因であり、反転チャネル領域、又はゲート酸化膜そのものにリーク電流が流れていると考えられる。何れにしても、このような耐圧特性劣化は耐放射線性半導体素子として致命的な問題である。一方、SiC-SITはγ線照射にたいして耐圧の変化が見られず安定した特性が得られた。以上の結果を総合して判断する限り、SiC-SITは当初期待した通り極めて優れた耐放射線性を有しており、耐放射線性半導体素子として有望であることが分かった。
上記のように耐放射線性を確認したSiC-SITをモータ駆動回路(チョッパー回路)に組み込み、直流モータを駆動させながら放射線照射を行った。その結果、直流モーターがおよそ2300回転/分になるように制御した状態で4MGyの吸収線量まで照射した結果、定常状態の回転数は2300±20回転/分と一定を保つ結果が得られ、モーター駆動制御回路に組み込んだSiC-SITの高い耐放射線性を実証することができた。
図1 オン電圧変化のγ線吸収線量依存性
図2 耐圧変化のγ線吸収線量依存性
3.今後の展望
本事業終了後、更に実用に近い形での耐放射線性評価を進めるために、平成22年度より日本原子力研究開発機構との共同研究を開始し、他分野への応用(例えば宇宙応用)も視野に入れつつ、中性子耐性や高エネルギー粒子(陽子線・電子線)耐性についても検討していく予定である。
4.参考文献
Y. Tanaka, S. Onoda, A. Takatsuka, T. Ohshima, and T. Yatsuo;”Radiation hardness evaluation of SiC-BGSIT”, Materials Science Forum Vols. 645-648(2010)pp.941-944.