原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
EBR-II廃材を用いた高速炉構造材健全性評価に関する研究開発
(研究代表者)沖田 泰良 大学院工学系研究科
(再委託先)原子燃料工業株式会社、株式会社原子力エンジニアリング
(研究開発期間)平成21年度〜23年度
1.研究開発の背景とねらい
図1 構造材料健全性評価に資する検査のあり方を
包括的に理解するためのロードマップ
本研究開発では、革新炉原子力システムとして最も有望視されている液体ナトリウム冷却高速増殖炉を対象とし、構造材料の健全性評価手法確立に資する技術開発を行うことを目的とする。研究開発全体像を示す図1に基づいて具体的実施事項を示す[1]。米国液体ナトリウム冷却高速実験炉EBR-IIで構造材料として使用されてきた304系オーステナイト系ステンレス鋼照射ブロック材に対して、非破壊検査技術開発を行う(図1(2))。また、同一試料に対して、ミクロ組織観察を行い(図1(3))、非破壊検査試験で得られる信号と物性変化の関係についてミクロレベルで明らかにする(図1(4))。同様に、機械的試験を行い(図1(3))、その結果に基づいて、マクロ特性とミクロ組織を結びつける物理的モデルの構築とその実証、長期間照射による材料劣化を予測する物理的モデルの構築を行う(図1(5))。更に試験炉で得られてきた照射下ミクロ組織データ、照射下機械的特性変化に関するデータを集積し(図1(1))、本研究開発で得られる照射ブロック材データとの比較により、その相違の要因について明らかにする(図1(6))。これらに基づいて、高速炉構造材の健全性評価手法確立に資する(図1(7))。
本研究開発で得られる成果は、高速炉構造材料のみならず、高速炉炉心材料の照射劣化にも展開されうるものであることが期待される。更に、非破壊検査試験技術や材料劣化予測モデル、微小試験片とブロック材の照射挙動相違に関する知見等は、既存軽水炉や次世代軽水炉、他型革新炉の照射下における構造材料の健全性評価法確立にも資する要素技術であり、波及効果の高い研究開発となり得ることが期待される。
2.研究開発成果
以下には平成21年度に得られた主な結果を示す。尚、一部は平成22年度の成果も含む。
(a) 照射材に関する調査
図2 本研究で使用する照射ブロック材の概観写真
図2には、本研究開発で使用する照射ブロック材の概観写真を、表1には化学組成を示す。ブロック材1体は、長さ約24cm, 一辺約3cmの六角柱であり、6体のブロック材がラッパー管内に収められ、冷却材であるNaと接していた。これらは、EBR-IIの反射材として使用され、炉心近傍(第8列)領域にて約4.4年照射された後、外周(第16列)領域に移動され約8.3年使用された。照射量は、炉心に最も近い部分ブロック#3で約33dpa、炉心からの距離と共に照射量は減少し、ブロック#4の端部で約10dpa程度となる。照射温度は380 - 410℃である。
マイクロメータで測定した高さ方向の位置に対する3つの面間厚み測定結果を図3に示す。測定した大半の部分で面間厚みは増加しており、照射量が最も高いブロック#3中央部では1.3%の体積増加に相当する。一方、照射量が約10dpaのブロック#4端部に於いては、体積減少が観察された。ラッパー管を用いたTEM(Transmission Electron Microscope)観察により、主たるミクロ組織としてボイドと炭化物が観察されている[2]。これらの結果と併せて、ブロック材では、ボイドスエリングによる体積増加が支配的な部分(主に高照射部)と炭化物形成による体積減少が支配的な部分(主に低照射部)が存在すると考えられる。尚、微小試験片で行った同等条件における従来のデータと比較すると[3]、ブロック材ではボイドスエリングの絶対値は低く、炭化物形成による体積減少が大きいことがわかった。今後この要因について検討を行っていく予定である。
図3 (左)高さ方向の位置に対する照射ブロック材の面間厚み測定結果,(右)測定方法の概要
(b)未照射材に対する試験
図4 未照射ブロック材から得られた超音波信号(中心周波数:20MHz)
図5 未照射ブロック材より得られた後
方散乱波のウェーブレット解析結果
未照射ブロック材より得られた超音波信号波形を図4に示す。表面反射波の直後より後方散乱波が観測された。後方散乱波を用いて、深さ方向のミクロ組織分布に関する検出性を確認するため、後方散乱波に対してウェーブレット解析による時間周波数解析を実施した結果を図5、ノイズを多く含む信号から主要な信号の周波数成分を検出する手法の一つであるSingular Spectrum Analysis (SSA) [4]を適用した結果を図6に示す。これらの解析から、深さ方向のミクロ組織の分布を検出する可能性を見出すことができた。
図7には、それぞれ表面より5mm, 15mm, 25mmでのTEMによるミクロ組織観察結果を示す。未照射ブロック材においては、析出物は観察されなかった。また、転位密度は1.8~2.5 × 1014 m-2であった。Shear Punch test (SPT) により求めたせん断降伏応力は5mm深さで297±12MPa, 15mm, 25mm 深さで229±9MPaであった。また、せん断引張強度は約569±12MPaで、深さによる顕著な違いはみられなかった。
本試験で得られた未照射ブロック材データは、現在進めている照射ブロック材に対する試験結果との比較における基準となる。
図6 未照射ブロック材より得られた後
方散乱波のSSA解析結果
図7 未照射ブロック材に対するTEM観察結果
(c)材料挙動予測モデル構築
図8 MD法を用いた応力付加時の刃状転位とI-loopの相互作用とCRSS
図9 b=a0/3[1-11]のI-loop/V-loopと刃状転位の形態変化を伴わない相互作用におけるCRSSのループ径依存性 転位論では同等のCRSSが得られる計算条件である。
図8には、MD(Molecular Dynamics)法による転位と照射欠陥の相互作用の一例として、応力付加時の刃状転位と格子間原子型転位ループ(I-loop)の形態に関するスナップショット、及び照射硬化に対応する臨界分解せん断応力 (CRSS) を示す。転位ループは、b=a0/3[1-11],半径2.0nmのFrank型転位ループで、重心をb=a0/2[10-1]の刃状転位のすべり面上とした。また、初期温度は100Kとした。
MD法では、乱数を用いて各々の原子に初期設定温度に依存した熱振動を与えるが、転位ループ内の原子のみに注目すると、同等の計算を行った場合に於いても熱振動は異なる。このような僅かな初期の熱振動の相違により、図8に示すような顕著な相互作用形態の変化、及びCRSSの相違が観察される。これらの結果より、決定論的な手法であると考えられてきたMD 法に於いても有限温度で検討する際には、同一条件での計算を繰り返し行い、各々の相互作用の発生確率を求め、その結果の統計的な取り扱いが必要であることが分かった。
図8 (A)に示す相互作用は、刃状転位とI-loopが直接接触する際に形態変化を伴わないものである。このような相互作用形態は、刃状転位と空孔型転位ループ(V-loop)の相互作用に関しても観察された。連続体力学に基づく転位論において、I-loopとV-loopは転位との相互作用に関して対称的であり、刃状転位のバーガースベクトルの符号を変えることで、特に形態変化を伴わない場合、CRSSは同等となる。
しかし、図9に示すように、このような場合に於いても、原子レベルの相互作用を取り入れたMD法では、転位論における対称性が崩れ、CRSSの絶対値、ループ径依存性ともI-loopとV-loopで異なる場合があることが明らかとなった。この結果より、TEM観察において照射下ミクロ組織を定量化する際、I-loopとV-loopを区分することによって、より精緻な照射硬化予測を行うことが可能となることが分かった。
3.今後の展望
これまで得られた照射材の調査に基づいて、照射後試験に供する試料としてボイドスエリングが支配的なブロック#3と炭化物形成が支配的なブロック#5を選定した。現在、これらの試料に対して、超音波試験を用いた非破壊検査試験、TEMによるミクロ組織定量化、SPTによる機械的特性変化測定を行っている。これらと共に、超音波試験による信号とミクロ組織を結びつける手法の開発、ミクロ組織と機械的特性変化の相関を記述するモデルの構築、ミクロ組織の経時変化モデル構築に関する検討を行っており、これらにより非破壊試験で機械的特性変化を測定する技術の開発、並びに経年変化を把握する技術の開発を試みる。これらを通じて、高速炉構造材料の健全性評価手法の確立に資する。
4.参考文献
[1] 「平成20年度高経年化機器の状態監視のための新技術適用性に係る研究報告書」 平成21年2月 NPO法人日本保全学会状態把握新技術適用性研究分科会
[2] F.A. Garner et.al., International Conference on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power Systems, 2006 on CD with no pages
[3] F.A. Garner, Material Science and Technology, Vol. 10A, Nuclear Materials 419.
[4] J.B. Elsner, A.A. Tsonis, "Singular Spectral Analysis", Plenum Press, 1996.