原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
学校教育現場との対話に基づく原子力・放射線学習プログラム開発
(研究代表者)杉山憲一郎 大学院工学研究科
(再委託先)NPO法人放射線教育フォーラム、独立行政法人放射線医学総合研究所
(研究開発期間)平成20年度〜22年度
1.研究開発の背景とねらい
本事業では原子力に対する信頼醸成のための社会学的アプローチとして学校教育現場との対話に基づく原子力・放射線学習プログラム開発を目標にしている。この原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ事業:学校教育現場との対話に基づく原子力・放射線学習プログラム開発は以下の背景に基づいている。
(1)21世紀前半のキーワード「持続可能な世界構築のための科学・技術基盤創造立国」の先頭を走れるポテンシャルを日本はまだ維持している。このキーワード実現への勝負は団塊の世代が貢献できるこの10年である。そのためには持続可能を目指す原子力を含む義務教育モデルの提案と実践が効果的である。フランスは2005年から中等教育で開始している。日本は小学校中学年からの開始を目指すべきである。[1]
(2)広島・長崎の悲劇だけが平和教育の視点のみで語られる義務教育を受けた国民は、放射線に対する数値的押さえがないため、原子力発電などへの理解は、マスコミ報道に惑わされる。この結果、原子力発電への正しい理解は不足しがちである。この問題点は、図1の原子力発電のエネルギー発生メカニズムへの高校生の理解の国際比較でも、日本の高校生が極端に低い理解を示している事からでも明らかである。もし現状の教育が続き、近い将来、新興国の原子力発電所で事故が起る事態が発生すれば、数値的判断基準がないため情緒的に流され持続可能な社会へ必須の原子力の利用の機運にブレーキがかかる。加えて、義務教育で原子力の意義と日本の高い技術力(信頼性)の実績が教えられなければ、優秀な若者が原子力産業に集まらないため、日本での事故・故障の確率が上がる。経済産業省 事故・故障ワーキンググループの10年間の報告事例からその傾向はまだ見られないが、そのような懸念に、小学校中学年からの原子力教育導入により、今のうちに対処しておく必要がある。
図1 原子力発電でエネルギーを出すメカニズムについての高校生の認知の国際比較[2]
(3)現状の教育現場では原子力教育は全く行われていない。10年後の新学習指導要領改訂に際し、原子力教育が本格的に取り入れられるためには、学校教育現場において原子力教育を試験的
に取り入れることが必要になる。しかし、現状では、原子力を扱うこと自体は教師に何のメリットもなく、むしろ、マイナスの評価になる。また、現在の教育現場の教員自体が原子力の教育を受けていなく、原子力教育の推進は困難な状況にあり、教員の意識改革が必要である。
本学習プログラム開発のねらいは、以上に背景の下で、小、中、高等学校の新学習指導要領との整合性・レベルを吟味し、社会科、理科、技術・家庭科、道徳などの学習単元および総合学習で展開可能な原子力・放射線学習プログラムを学校教育現場との対話に基づき開発し、児童、生徒および教師の原子力に対する信頼醸成の過程を調査し、その結果をまとめる。このため、教員の原子力に対する根本的な意識変革のために「石油危機後にスタートしたスイスの原子力地域熱供給・合理的な最終処分研究」に関する情報収集コースへ教員を派遣し、その派遣メンバーを中核に、小学校中学年からの新学習指導要領に基づく原子力・放射線教育モデルの構築と実践により本課題を達成する。
2.研究開発成果
小学校の学校教育現場との対話に基づく学習プログラム開発の主要なプログラムを表1に示す。これらの学習プログラムは、学習指導要領(札幌市小学校教育課程編成の手引き)の単元に相当して作成しているため原子力が表題に現れず、一般の単元としてあるいはエネルギー教育の単元として使用可能であり、原子力アレルギーの強い教育界への浸透性を確保している。また、平成20年度スイス情報収集旅行参加者をリーダー教師とするモデル授業の実施による実施性の確認のあと、北海道内の小学校54校へ授業展開の依頼を実施している。また、道内の「エネルギー教育実践校」への授業展開の依頼も行っている。これらの依頼校の一部についてはすでに授業展開が実施されている。この際、「北のでんきものがたり(平成21年度版)指導資料―くらしを支える電気−」、「教師のためのエネルギー環境教育インフォメーション(改良版)」を提供し、授業展開の容易化を計っている。さらに北海道には、エネルギー環境教育教材のCD化により教師が負担無くエネルギー環境教育へ取り組める仕組みつくる動きがある。このCD版にも表1の学習プログラムを集録し、普及性の向上を図っている。このように、日本の緊急の課題達成のため、一般の教員も利用可能な提供法とあらゆる機会を捉えて普及を図る努力をしている。
上記のように、北海道における原子力学習プログラムの展開は、現状、多点展開に止まっている。しかし、学会発表、講演会、情報提供などで波紋を広げ、道・市町村教育委員会の支持を取り付けるなどで、多点から面への拡張を計る予定である。この北海道の原子力・放射線学習プログラムの展開が全国モデルになることで、将来の学習指導要領の改訂の際に、原子力教育単元の露わな採択を目指す。このような方向性の正しさは、表1に示す本プロジェクトの学習プログラム(はじめの5編(エネルギー、電気関係))を使用して平成20年度スイス情報収集派遣者をリーダー教師として展開されたエネルギー教育に対して、平成22年度の第5回エネルギー教育賞(電気新聞主催) 小学校の部 最優秀賞に選定されたことにより、強く支持されていると考える。 なお、全国への原子力学習プログラムの普及のため、NPO法人放射線教育フォーラムは、簡略化されたテキスト、エネルギー学習「放射線・原子力」、を児童生徒用と小学校教師用の二種類作成して、全国に発信している。さらに、「実習の部:放射線をはかってみよう!」を含む小学校教師用も作成配布している。詳しい放射線学習指導資料を作成し、インターネットに掲載している。また、放射線への北海道高校理科教師の理解の向上のため、放射線医学総合研究所酒井一夫先生を講師に、講演会を開催した。同先生を講師に北海道教育大学附属札幌中学校3年生を対象に「人間と放射線の関わり」の出前授業をじっしした。その結果、授業終了後、放射線は量を守れば有効に利用出来る、と理解した生徒が大部分であり、放射線は量を守れば有効利用出来る、恐れてはいけないが侮ってもいけないという酒井先生のメッセージは十分に伝わっていることが明らかになった。また、アンケートに多くの事を答える生徒の方が原子力・放射線の安全性を授業後も心配している例もあり、放射線や原子力発電については、早期に、繰り返して、理解させることも重要であることが判明した。
3.今後の展望
平成22年9月19日に外部有識者による本プロジェクトの開発学習プログラムおよび進め方についての評価検討会議を、表2の発表をもとに外部有識者評価委員6名を招いて、実施した。
その結果、5段階評価(5:非常に優れている:4:優れている;3:普通である;2:問題点・改良点がある:1:問題点・改良点が非常にある)で表3に示す評価を得ている。
また、評価委員からは、「被爆国という特殊条件のため、エネルギーや環境を意識しつつ原子力・放射線を正しく扱って進めることが大切」、「原子力・放射線を学科・単元に基づいて扱っている」、「“水とくらし”に匹敵する2電気とくらし“になっている」、「教師が取り組み易い学習プログラムの提供方法をとっている」、「教育行政・学校現場の制約の中で積極的に普及活動している」などの本プロジェクトの方向性を支持する意見が寄せられている。また、「教科担任制の中学の場合、教科間の関連をどこで意識すると効果的か」(問題点1)、「リーダー教師の育成のため、海外、特にスイスとの比較が有効」(問題点2)、「小中学校のみならず高等学校、教員養成大学までのプログラム開発を実行してほしい」(問題点3)、「指導主事や学校長のリーダーシップで進めるべき」(問題点4)、「教師の自主的活動を教育行政サイドや管理職が認知応援すべき」(問題点5)などの問題点(注文)が寄せられた。問題点1については、本プロジェクトではマイシートという形で考えているが、さらに考えていく必要がある。問題点2、4、5については、教育行政も絡む問題ではあるが、本プロジェクトの学習プログラム実施の多点展開の波紋を広げることで面展開へ、すなわち、行政を動かす方向へ持って行きたい。問題点3については、一部副読本の作成や意識調査なども進めている。以上、本プロジェクトは2年を経過し、3年目の活動に第一回評価検討会の指摘討論を踏まえて進めて行きたい。
4.参考文献
[1]杉山憲一郎「小学校において原子力・放射線教育は可能か」日本原子力学会誌52(2010)7-8.
[2]松浦・飯利、放射線・原子力教育と教科書、研成社(1998)