原子力システム研究開発事業

英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業>成果報告会>平成22年度成果報告会開催資料集>超効率的量子篩作用による軽分子同位体分離用ナノ細孔体の開発

平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

超効率的量子篩作用による軽分子同位体分離用ナノ細孔体の開発

(受託者)国立大学法人信州大学
(研究代表者)金子克美 エキゾチック・ナノカーボンの創成と応用プロジェクト
(再委託先)独立行政法人日本原子力研究開発機構、国立大学法人千葉大学
(研究開発期間)平成21年度〜23年度

1.研究開発の背景とねらい
図1

図1 古典的分子篩効果によるサイズ、形による篩分けのイメージ

図2

図2 Feynman-Hibbs実効ポテンシャルによるCH4、CD4の相互作用プロファイルおよび古典的Lennard-Jonesポテンシャルプロファイル

 古典的分子篩効果は図1にあるように細孔のサイズと形で分子の篩分けをする。この時の分子と細孔との相互作用を決めるポテンシャルの例はLennard-Jonesポテンシャルである。この古典的分子篩作用は酸素と窒素の分離に利用されている。ところが水素と重水素のように軽い分子では量子性に基づく位置の不確定性があり、分子が揺動している。このために分子の実効的な大きさと分子間相互作用が低温になると古典的なものとは異なってくる。
 量子分子篩効果は軽いほど、低温なほど揺動が大きく、例えば水素と重水素では分子の重さの差が顕著になり分子篩効果が著しい。これを利用して核融合の燃料であるD2を有効に分離する技術へと発展させることが可能である。さらに黒鉛減速炉で多量に生じる14C(グラファイト)の分離技術の創成が求められており、量子分子篩効果は有効な技術と成り得る。このために12Cと14Cとを分離するのに軽い分子であるメタンとして量子分子篩効果を発現させる必要がある。CH4とCD4の古典的大きさは0.3721 nmで同じであるが、量子的に見るとドブロイ波長が12CH4で0.0412 nm、12CD4で0.0369 nmであり、実効的大きさに0.004 nmの差がある。これ以外にも量子的相互作用ポテンシャルに差が生ずる。これらにより量子分子篩効果の発現が期待できる。図2にはCH4、CD4の量子ならびに古典相互ポテンシャルプロファイルを示す。古典では差がないが、量子ポテンシャルではCD4の方がポテンシャルの井戸が深く、極小値が右側にある。本研究では平衡法ならびに応用上必要な動的測定法で、分子量の異なるCH4とCD4を用いて量子分子篩効果を検証し、最適なナノ細孔径を見出すとともに、効率的な新規の14C分離法の基礎を開発する。

2.研究開発成果
2―1.動的量子分子篩効果測定装置の設計・製作
図3
図3 動的量子分子篩効果測定装置の外観写真(左)全体、(右)試料セル
図4

図4 動的量子分子篩効果測定装置によるH2/D2混合ガス分離試験の結果。試料セルを(左)迂回した混合ガス(右)通過した混合ガスの分析結果(活性炭素繊維 A20を使用)

 図3に動的量子分子篩効果測定装置の外観写真を示す。本装置は、(1)ガス導入部(マスフローメーター)、(2)混合ガス調整部(バラトロン圧力計およびガス溜、各2個)、(3)吸着剤冷却部(クライオスタット、低温セルを含む)、(4)混合ガス検出器(マスフィルター)および(5)真空排気ユニット(油回転ポンプおよびターボ分子ポンプ)より構成される。配管は全てステンレス材を用いた。H2-D2同位体分利用の吸着剤は、スリット型細孔を有する活性炭素繊維(A20、AD’ALL社)が1 nmの試料を用いた。開口単層カーボンナノホーンは、未開口単層カーボンナノホーンを酸化して細孔径2-3 nmの細孔系とした。これにより、チューブ内部が吸着場として利用できる。上述のサンプルを用いて動的量子分子篩効果測定装置を使用して流通法によりH2/D2分離能を評価した。その結果、細孔径2-3 nmの開口単層カーボンナノホーンで52 %、細孔径1.2 nmの活性炭素繊維A20で87 %の分離能が得られた。これは平衡法の分離能の5倍から10倍に及び、将来的な応用を考えるうえで極めて有用である。しかし、本測定法は更に正確度を向上させる必要がある。図4に分析結果の一部を示す。

2―2.ナノ細孔サイズを制御したカーボン材料の創製
図5
図5 活性炭素繊維A20の(左)全表面積、(右)平均細孔径の加熱処理温度依存性

 ピッチ系活性炭素繊維(A7, A20, AD’ALL社)の細孔構造制御を行い、N2吸着等温線の測定を通して外表面積、全表面積、ミクロ孔容量、平均細孔径の評価を行った。A7およびA20は、Arガスの流通下(200 ml/min)で、1123、1223、1473、1573、1673 Kで、1時間、2時間または4時間の加熱処理を行った。
 図5に示すように、加熱温度は1573 K以下がよい。全表面積は1573 Kまでは大きな変化は見られなかったが、1673 Kにおいて急激な減少がみられた。さらに、全表面積が減少した。全表面積の減少は、分離効率上、極力抑える必要がある。したがって、加熱処理による細孔構造制御は1123-1573 Kが適切である。
 加熱処理による平均細孔径は0.01 nmオーダーで制御可能である。処理温度1573 Kまでは緩やかに平均細孔径が減少する一方で、処理時間の影響は非常に小さかった。量子分子篩効果による同位体の分離には細孔入り口のわずかなサイズの違いが影響する。そのため、ここで実施した表面修飾法は、メタン同位体分離のための最適なナノ細孔体の探索に有用であることが分かった。
 前述のように、高効率でメタン同位体を分離するためには、全表面積の減少は抑える必要がある。その一方で、高温での処理では平均細孔径は小さくなる。それは量子篩作用によるメタン同位体分離用ナノ細孔体の探索に有用である。図3に示すとおりA7においてもA20と同様な加熱処理温度依存性がみられた。A7はミクロ孔容量がA20よりも小さいが、平均細孔径がA20より小さいため、より著しい量子篩作用が期待できる。

2―3.平衡法によるCH4、CD4吸着特性
2―3―1. 試料の細孔構造決定
図7
図7 MSCとACF A5のαs-プロット
図6
図6 MSCとACF A5の窒素吸着等温線

 活性炭素繊維(ACF) A5および分子篩カーボンMSC5の細孔構造を77 Kの窒素吸着等温線から求めた。試料の前処理は423 K、2時間、〜10-3 Torrでおこなった。平均細孔径はαs -プロットを行い、細孔効果除去法SPE法によって求めた。図6にA5とMSCの窒素吸着等温線を示す。吸着等温線はIUPAC I型であり、典型的なミクロ細孔系で均一な細孔を有していることを示している。P5のαs-プロットは小さなαs上で上に凸の曲線であり、0.7 nm以下の細孔を持つことがわかる。SPE法で求めると表面積は930 m2 g-1、ミクロ細孔容積は0.30 cm3 g-1、平均細孔径は0.65 nmである。
 同様にしてMSC5の細孔構造を決定した。窒素吸着測定の前処理はA5と同じである。図6にN2吸着等温線、図7にそのαs-プロットを示す。ここではA5と比較してある。吸着等温線ならびにαs-プロットともにA5のそれらに非常によく似ている。ただしMSC5の方が吸着量は小さく、細孔が発達していないことが分かる。SPE法で決定した表面積は610 m2 g-1、ミクロ細孔容積は0.17 cm3 g-1、平均細孔径は0.61 nmであり、A5より細孔径がわずかに小さい。

2―3―2.CH4とCD4に対する量子分子篩効果の評価

 113 KでのCH4とCD4の吸着等温線を示す。低圧側ではCH4とCD4の吸着量に差が認められない。ところが図8を見るように細孔が充填してくる高圧側では吸着量はCD4の方がCH4より2 %程度大きい。その差異が生ずる簡単なモデルを図9に示す。このモデルでは誇張して差を大きく示してある。分子量の大きなCD4(分子量:20)は分子量の小さなCH4(分子量:16)よりも量子効果が小さいために分子サイズが小さく、かつ相互作用も強いためにCH4よりも多く細孔中に充填できる。特に充填が進むと残りの空間のスペースは分子の大きさの違いに極めて鋭敏なために、ここで実測されたような圧力の高いところで差異が観測されたと考えて良い。2 %の吸着量の差異は同位体の分離を考えると極めて大きな値であり、分離への応用の可能性を強く示唆するものである。

図8

図8 ACF P5のCH4とCD4の吸着等温線高相対圧側(113 K)

図9

図9 (上)低相対圧および(下)高相対圧におけるCH4とCD4吸着のブロッキングモデル図

2―4.分子シミュレーションによる量子分子篩性の推定

 最初に古典分子シミュレーションを実施し、メタンの吸着挙動をスリット型細孔について推定した。更に量子ポテンシャルを用いる分子シミュレーションソフトを開発し、スリット型細孔系での挙動を求めた。メタンの吸着シミュレーションはユニットセルサイズ6×6 nm2、温度303 Kの条件を設定し、グランドカノニカルモンテカルロ法で実行した。
 図10に各細孔径での古典的吸着シミュレーション等温線を示した。各圧力における絶対吸着量の細孔径依存性は、0.1 MPaでは0.5 nmの細孔径のときに著しい吸着を示すが、それ以上の細孔径では急激に吸着量が減少する。細孔径が大きい時には0.1 MPaでの吸着は十分に安定ではない。一方、高圧領域での吸着量の細孔径依存性は減少のあと、0.9 nmにおいて最大値をとった。これらの結果は細孔内で層状に配列するメタンの挙動をよく表し、計算の精度が現象論的に妥当であることを示している。新しく開発した量子吸着シミュレーションソフトで得たCH4/CD4系で量子分子篩効果による同位体分離の量子的吸着シミュレーションの結果を図11に示す。高相対圧に対応する領域でCH4/CD4の顕著な吸着量の差異が見られる。このことは平衡法でも十分、細孔径次第で数%の分離が可能となることを示している。

図10

図10 細孔径0.4-1.0 nmでの303 Kにおけるメタン吸着等温線

図11

図11 細孔径0.38 nmでの112 KにおけるCH4およびCD4吸着等温線

2―5.14Cのガス化反応に関する検討

 検討を効率的に推し進めるための文献調査を行った。その結果、14Cを含むJRR-4反射材照射黒鉛をガス化し14CH4気体サンプルを作成するための実験方策を検討し、分析手法として質量分析法の適用が有望と判断し、予備実験に向けた要素技術の検討と実験計画の策定を行った。

3.今後の展望

 2010年中に計画どおりに、各種ナノ細孔体についてH2 とD2について動的量子分子篩効果測定装置を十分に活用して速度論的な量子分子篩効果が平衡法量子分子篩効果より顕著であることをまず検証する。次にCH4、CD4において既に得られている量子分子篩効果のより顕著なナノ細孔体を見出し、応用性を高め、14CH412CH4における分離予備実験へと進む予定である。

4.参考文献

1) H. Tanaka, D. Noguchi, A. Yuzawa, T. Kodaira, H. Kanoh, K. Kaneko, J. Low. Temp. Phys. 2009, 157, 352-373.

2) H. Tanaka, H. Kanoh, M. Yudasaka, S. Iijima, K. Kaneko, J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 7511-7516.

3) D. Noguchi, H. Tanaka, T. Fujimori, H. Kagita, Y. Hattori, H. Honda, K. Urita, S. Utsumi, Z.-M. Wang, T. Ohba, H. Kanoh, K. Hata, K. Kaneko, J. Phys.: Condens. Matter 2010, 22, 334207 (14pp)

■ 戻る ■
Japan Science and Technology Agency 原子力システム研究開発事業 原子力業務室