原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
中高エネルギー陽子による核破砕片の系統測定に関する研究
(研究代表者)佐波俊哉 共通基盤研究施設
(研究開発期間)平成21年度〜22年度
1.研究開発の背景とねらい
本事業では加速器を用いたがん治療等の放射線の高度利用を進めるための基礎データとなる、中高エネルギー陽子による核反応からの核破砕片の生成機構を解明するために、核破砕片の高効率測定法の開発と系統測定を行う。この目的のために広いエネルギー領域において良好な粒子弁別性を有するブラックカーブ検出器に改良を加え、放出エネルギーと角度ごとの系統的なデータを得る。得られたデータと計算コードを用い、核破砕片放出に至る核反応モデルの検証を行う。
2.研究開発成果
2.1 検出器の設計・製作
図2-1 炭素試料に対するブラックピーク-エネルギーの2次元スペクトル
図2-2 Ep = 70 MeV、45度における炭素、酸素、窒素からのLi,Be,B,C生成二重微分断面積の実験値および計算値の比較
核破砕片測定に用いるブラックカーブ検出器について、検出下限を下げるためのサブミクロン入射窓の使用、複数角度同時測定を可能にするための小型化、を念頭に検出器の試作を行った。試作した検出器は計数回路と組み合わせて放射線医学総合研究所サイクロトロン施設において、重イオン直接入射、12C+12C反応からの核破砕片測定により性能検証を実施した。
次に、核破破砕片検出器を同時使用した場合の問題点の洗い出しを目的に、試作した検出器を2台同時に設置し、計数回路と組み合わせて放射線医学総合研究所サイクロトロン施設において70 MeV陽子入射反応に対するデータ取得を行った。検出器は30度と45度、30度と90度、90度と135度の3通りの配置に設置した。検出器の向きの組み合わせは試料の向きとも関連しており、測定可能な角度の組み合わせについて検討が必要である。
このデータ取得では、陽子入射に対する測定として、新たに酸素、窒素、組織等価試料について測定を行った。酸素、窒素は炭素と同様に軽核であり、生体を構成する重要な元素である。組織等価試料は、人体軟組織に陽子線が照射された場合に生成する核破砕片の生成量、エネルギー・角度分布を直接与えるものとして期待できる。
図2-1に炭素試料に対するブラックピークとエネルギーの2次元プロットを示す。入射陽子エネルギーは70MeVであり、45度方向の検出器の測定結果である。この図から明らかなように核破砕片がブラックピーク高さ毎にきれいに分離して測定されている。測定で得られたイベント毎のデータは、ブラックピーク - アノードの2次元図にソートされ、各粒子の突き抜けエネルギーに相当するチャンネルと、SRIMコードで導出した突き抜けエネルギーの計算値から、エネルギーとチャンネルの対応が決定される。試料毎、角度毎、放出粒子毎のエネルギースペクトルを導出後、試料中、および検出器入射窓でのエネルギー損失を補正し、核反応後の粒子のエネルギースペクトルにする。そして標的核原子数、立体角、入射陽子数で除することにより、絶対値化され、二重微分断面積となる。実験値の誤差としては、核破砕片の計数値に起因する統計誤差を考慮した。また立体角決定の誤差、原子数決定の誤差を含めた系統誤差として5%を見こんでいる。
測定結果との比較のための理論計算を行った。計算にはPHITSコードを用いた。蒸発モデルをGEMに固定し核内カスケードモデルを変更した計算結果からISOBARとGEMモデルの組み合わが実験値をよく再現することが明らかになった。
図2-2に入射陽子エネルギー70 MeVに対する実験室系放出角度45度における炭素、酸素、窒素からのLi,Be,B,C生成二重微分断面積の実験値および計算値の比較を示す。実線はPHITSコードのISOBARモデルとGEMモデルの組み合わせによる計算値である。各図に示すとおり、計算値は実験値をおおむね再現しているが、前方角度の比較的高いエネルギーの再現性について難がある。酸素、窒素に対するリチウムのスペクトルについて、約20 MeV以上の部分でタンタルからのリチウムの差し引きの影響を大きく受けており、実験データのエラーが大きくなっている。
マシンタイム確保のために大阪大学核物理研究センターの課題採択委員会(B-PAC)に実験提案を行った。数日間にわたる実験を行えるよう、総勢9名からなる実験グループを組織した。B-PACの結果ビームタイムが認められ、H22年度のビーム実験が可能となった。ビームタイムはH22年7月に140MeV、10月に200MeVと300MeVが割り当てられ、H22年作成のBCC2台を加え4台の検出器を用いて30,60,90,120度でのデータ取得を、炭素、窒素、酸素、アルミニウム、チタン、銅の試料について行った。現在、実験データの解析中である。
3.今後の展望
平成21年度の検出器の製作・動作試験、およびデータ測定、平成22年度のデータ測定までを終了し、実験データの解析を進めている。70MeV、140MeV、200MeV、300MeVの陽子に対する炭素、窒素、酸素、アルミニウム、チタン、銅の核破砕片生成二重微分断面積データがそろうことから、国内学会および国際学会において発表を行うとともに、国際原子力機関の核データ実験値データベース(EXFOR)に収録を依頼し、広く一般に利用できるようにする。また、既存の中高エネルギー粒子輸送コードを用いて核反応の計算を行い、計算結果と実験結果を比較することにより、計算コードや反応モデルの核破砕片放出反応における模擬能力を検証する。この検証により、加速器を用いたがん治療等の放射線の高度利用に利用されるシミュレーションコードの結果の妥当性が確認されるとともに、核破砕片の照射効果への寄与を明らかにすることが可能となる。