原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
き裂サイジングに向けた先進電磁超音波探傷に関する研究
(研究代表者)大塚裕介 大学院工学研究科
(研究開発期間)平成19年度〜21年度
1.研究開発の背景とねらい
液体ナトリウム冷却高速炉は供用期間中の検査において200℃以上の高温に保持されるため、高温環境、高放射線下で主容器や1次配管に対してき裂の有無及びサイジングが可能な非破壊検査技術が要求されている。このような厳しい環境条件における検査技術の有力候補として電磁超音波法が挙げられるが、永久磁石使用による制約がありさらなる小型化高周波化が難しかった。そこで本研究では、実用化高速炉の保全技術のベースとなる高周波対応の電磁超音波探触子の開発技術を確立するために、電流駆動方式で高磁場を発生する薄膜型電磁超音波素子によるき裂検出技術の開発を目的とする。
2.研究開発成果
2.1 薄膜型電磁超音波素子の開発
電流駆動方式によって磁場を発生させる薄膜型電磁超音波素子は、導電性薄膜と絶縁性薄膜を交互に積層させ、薄膜回路パターンに大電流をパルス的に通電して超音波を発生させる構造である。そうした積層構造をもつ薄膜を構成するために、マグネトロンスパッタリング法によるプラズマ成膜装置を設計・製作した後、絶縁性薄膜となる窒化アルミ薄膜の成膜特性を評価するための実験を実施した。窒化アルミによる絶縁性薄膜形成の見通しを得ることに加えて銅薄膜の成膜も確認し、プラズマプロセスによる薄膜型電磁超音波素子の成膜に向けた準備を整えた。
薄膜で構成される電磁超音波素子の試作に取り組んだところ、数μmとなる膜厚に対して薄膜成長過程で生じた内部応力の増加による薄膜剥離、絶縁層を挟んだ導電層間の導通という問題が生じた。そこで、新たな成膜方法を取り入れて問題に対処した。基板剥離に対しては、基板と薄膜間の密着性を高めるため基板へ高周波電圧を印加してプラズマによる表面改質を行い、窒化アルミ薄膜の剥離抑制に有効であることを明らかにした。ただし高周波電圧の印加は薄膜成長過程に損傷を与え続けるので、成膜開始直後の一定時間に限定した。内部応力の緩和に対しては、成膜中の窒素混合量を段階的に増やす成膜方法をとり、成膜開始直後のアルミニウム薄膜に内部応力の緩衝機能をもたせた。この成膜方法により、発生する内部応力は対処前の1/10以下へ低減することに成功した。また、窒化アルミ薄膜の膜厚が増加しても内部応力が低減された状態を保ち続けることがわかった。導通に対しては、窒素ガス混合量を変えることで結晶粒のサイズを制御した。表面粒状の最大高さと算術平均高さはともに、ガス流量比Ar:N2=3:1の場合に比べAr:N2=1:1の方が小さな値となり、より緻密な薄膜表面状態を得ることに成功した。窒化アルミ薄膜と銅薄膜の4層構造からなる薄膜に対する導電層間の絶縁はアルゴン流量が大きいほど良好であり、ほとんどの積層薄膜で10MΩ以上の抵抗値をもつことがわかった。上述した新たな成膜方法より薄膜型電磁超音波素子を試作し超音波を発生することに成功した。しかし、薄膜回路は導電層間の導通を確実に避ける必要性があることから、回路パターンを製作後、導電層間で導通がなかったものを薄膜型電磁超音波素子として使用した。
2.2 超音波き裂検出性能評価
き裂探傷に向けた薄膜型電磁超音波素子の設計のため、探触子の配置や寸法構造を数値解析により検討した。き裂に対する信号強度の変化は超音波周波数および電磁超音波素子の大きさに依存する。そこで、き裂位置で超音波収束性の向上が期待できる非対称性電磁超音波素子について検討したところ、周波数や電磁超音波素子の全長に応じた回路幅を設定することで、磁石幅が一定である電磁超音波探触子の性能を超える特性が得られることを明らかにした。有限要素法解析により熱応力等を解析した。薄膜型電磁超音波素子に対する電圧印加が短時間であるため、導電層からの熱伝導が限られ導電層の温度上昇に比例した熱応力が発生する。導電層と絶縁層が重なった多層構造電磁超音波素子は、積層方法によって通電で生じる熱応力を抑制しつつ大きな起磁力を確保し、電磁超音波素子に加わる電磁力の低減が期待できることがわかった。
薄膜型電磁超音波素子の製作に向けた絶縁層となる窒化アルミの薄膜特性を事業項目1で示した成膜条件ごとに評価した。ガス流量が一定で成膜した窒化アルミ薄膜の抵抗は薄膜温度に依存せず、250℃の温度でも非常に大きな抵抗値と絶縁耐力が得られ電磁超音波素子を構成する絶縁層として十分な性能であった。窒素混合量を段階的に増加させていく成膜方法を採用する場合、温度の上昇に伴い耐電圧と抵抗値はいずれの成膜条件でも低下したが、250℃の温度で1MΩの抵抗と400Vの耐電圧が得られた。ガス流量を変えた成膜では抵抗値が格段に小さくなったが、銅薄膜で製作される薄膜回路の抵抗は膜厚20μmで1Ωを越えることはなく、1MΩ以上の抵抗があれば電磁超音波素子の絶縁層として機能する。したがって、成膜中に窒素ガス流量が増加する成膜方法は薄膜型電磁超音波素子を作製する要件を満たすことがわかった。
Fig.1 き裂深さに対する電圧変化
製作した薄膜型電磁超音波素子による超音波伝播特性は磁石型電磁超音波探触子と同様の特性が得られた。超音波発生は磁場と渦電流によるローレンツ力を起源とする。磁石を薄膜回路による電流駆動方式に置き換えた薄膜型電磁超音波素子は磁石型と同様に超音波探傷に適用できることを示している。薄膜回路に印加される放電電圧に対する超音波強度はほぼ比例的に増加しており、薄膜回路の温度上昇の影響は小さかったと考えられる。また、単層構造電磁超音波素子に比べて、導電層が2層となる多層構造電磁超音波素子の超音波出力は約2倍に増加した。多層化は一層あたりの印加電圧を抑え、薄膜コイル加熱の影響を抑える効果があることを示した。周波数3MHzに対する超音波発生を確認したが、高周波化に伴う超音波強度の減少により1MHzでのき裂探傷を実施した。異なるき裂深さをもつ50mm厚の試験片に対し超音波伝播経路におけるき裂の有無を信号強度変化量で比較したところ、Fig.1に示すように概ね誤差1mmとなる検出精度となり、薄膜型電磁超音波素子の高周波探傷によるき裂検出技術の高精度化への知見が得られた。
3.今後の展望
電流駆動方式となる新しい構造を取り入れた薄膜型電磁超音波素子は、薄膜回路から構成される単純構造で小型軽量化に適している。また、耐熱材料の組合せにより、運転中のき裂モニタリングセンサとしても期待できる構造をもつ。今後、成膜プロセスに対する研究課題が解決されていくことで、現在用いられている磁石型電磁超音波探触子の性能を凌ぐ電磁超音波素子の実現に近づき、プラント運転の安全性向上に貢献するものと期待する。