原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
多座包接型配位子によるMAの無劣化・無廃棄物抽出クロマト分離の研究
(研究代表者)竹下健二 原子炉工学研究所
(再委託先)国立大学法人神戸大学、独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究開発期間)平成21年度〜23年度
1.研究開発の背景とねらい
本事業では、高レベル廃液からのマイナーアクチニド(MA)回収において技術的に難易度の高いMA・希土類分離に対して、温度やpHによる高分子ゲルのMA配位構造制御及びゲルの多孔質材料への均質塗布という革新的な高分子技術の導入により、無劣化無廃棄物を目指し、耐放射線性に優れ、リサイクル利用の可能な分離剤を用いた高効率抽出クロマトグラフィーによるMA回収技術の開発を目的としている。
pH応答型抽出クロマトグラフィーでは、現在FaCTプロジェクトで進められている「抽出剤含浸による旧来の抽出クロマトグラフィー」と同じ分離操作(MA抽出後、高濃度の酸で溶離)でMAを分離するが、ここで提案する抽出クロマト分離剤はソフトマテリアル(親水ゲル)にMA配位子を化学固定させたもので、安定した吸脱着の繰り返し操作が可能であり、いわゆる「無劣化抽出クロマトグラフィー」を構築できる。以下に3ヶ年の研究の1年目である平成21年度事業の実績を述べる。
2.研究開発成果
2.1 酸性域で機能する多座包接型配位子の合成
酸性域で機能する多座包接型配位子として、ハードソフト混合型配位子とピラジン・トリアジン型配位子の合成方法を検討し、前者については酸性溶液中で機能する多座包接型配位子を合成するため、2つのカルボキシル基と2つの2-ピリジルメチル基をもつエチレンジアミン誘導体を合成し、末端にビニル基を有する置換基のピリジン環上への導入方法について明らかにした。後者については、ピラジン型配位子合成の鍵反応である側鎖伸張反応を改善し、同配位子の大量合成の見通しを得た。例えば、ピラジン型配位子合成の主要工程である2-ヒドロキシメチル-5-メチルピラジンと臭化アリルの反応(側鎖伸張反応)の合成収率を19%から43%に向上させた。さらに、耐強酸性を示すトリアジン骨格をもつTPEN誘導体の合成にも成功し、例えばメチルトリアジン誘導体がアセトニトリル、ヒドラジン、1,2-ジケトンから合成できることを明らかにした。
次に、TPEN誘導体(TPPEN)と各種アクリル系モノマーの共重合ゲルを作製し、ゲル強度の評価を行ったところ、実用的なゲル強度を得るためには、合成時のモノマー濃度が6mol/L以上になるように溶媒量を調整することが必要であることを確認した。
これらの共重合ゲルを用いて、ランタノイド(Ln)に対する吸着速度及び脱離速度を評価したところ、吸着の半値時間はすべてのゲルで1時間以内であった。ただし、ゲル表面でのLnの吸着・脱離は速いが、ゲル内部ではゆっくり進行するため、吸着・脱離速度を向上させるためにはゲルの薄膜化が不可欠であることがわかった。また、トレーサ濃度の241Amと152Euを含む水溶液を用いたMA/Ln分離性能の評価を行ったところ、Fig. 1に示すようにNIPA-TPPENゲルやDMAAm-TPPENゲルのような親水ゲルがAm/Eu分離に適していることがわかった。
Fig. 1 様々なアクリル系モノマーを主鎖としたゲルに対する分配比Kd
と分離係数SFAm/EuのpHeqx依存性
2.2 pH応答型抽出クロマト分離剤に関する研究
前項で合成した多座包接型配位子とMAの代替物であるCu、及びLnとしてのEuとの溶液錯体の構造を単結晶X線回折と放射光X線吸収微細構造(XAFS)法により評価したところ、Eu-TPENの錯体構造は1:1錯体を形成し、結合に関与する窒素はピリジル基由来の窒素によるものであることが明らかになった。一方、Cuも1:1錯体を形成し、多座包接型配位子が配位子として有効に働いていることがわかった。
同様に、前項で合成した多座包接型配位子ゲルにLn(Nd、Sm、Eu、Yb)を吸着させて、XAFS法により構造解析したところ、多座包接型配位子ゲルとLnの錯体構造は、ゲルの窒素がイオンに直接結合しておらず、Lnは水和構造の特徴を示すものであり、Lnは多座包接型配位ゲルと水を介して相互作用していることがわかった。
Eu-TPEN-メタノール系及びTPENゲル-Eu吸着系の広域XAFS(EXAFS)実空間スペクトルをFig. 2に示す。
Fig. 2 Eu-TPEN-メタノール系溶液(左)及びTPENゲル-Eu吸着系(右)における
EXAFS実空間スペクトル(位相シフトは考慮していない)
次に、クロマト分離剤へのMAの高速吸着及び高速脱離のため、貫通孔型多孔質ガラス粒子担体及びコアシェル型多孔質ガラス粒子担体(シェル部:多孔質、コア部:非多孔質)への多座包接型配位子ゲルの薄膜塗布技術を開発し、クロマト分離剤を合成してCd吸着カラム実験を行ったところ、カラムから流出するCdイオン濃度の変化がFig. 3に示すような曲線(破過曲線:横軸の透過流量は充填層体積で規格化されている)となった。特にコアシェル型の破過曲線のシャープな立ち上がりは、実用的な分離剤として好ましい特性である。
Fig. 3 新規クロマト分離剤を用いたCdイオン吸着カラム試験の破過曲線
さらに同分離剤を充填した小型ガラスカラムにトレーサ濃度の241Amと152Euを含む水溶液を用いてMA/Lnクロマト分離性能を評価したところ、Fig. 4に示すようにpH4の溶離液によって大部分のEuが溶離され、pH=2以下の溶離液でAmが溶離できることを確認し、弱酸性溶離液によるAm/Eu分離が可能であることを確認した。
Fig. 4 多座包接型配位子を塗布した多孔質材料によるAm/Eu分離における溶離曲線
2.3 実プロセス環境での抽出クロマトグラフィー適用性研究
クロマトグラフィーX線イメージングシステムにより、実機に近い環境におけるLn(実験では吸着バンドが類似しているYを使用)の溶離特性をリアルタイムで評価し、pHスイングによるTPENゲルからのYの吸脱着過程を構造的に観測することができた。例えば、pH5のY(NO3)3水溶液を流すと、コアシェル型多孔質ガラス粒子に坦持されたTPENゲルにYは水和錯体として弱く吸着していることが確認された。さらに、溶離剤としてpH4の弱酸性水溶液を流すと、YはTPENゲルより分オーダーで溶離することが確認された。このシステムを用いてクロマト分離剤からの金属の溶離過程を時系列で観察できる。今後、MA模擬物質と希土類元素の分離過程をリアルタイムで観察することが可能となった。
さらに、前項で合成したクロマト分離剤に対する放射線(今回はγ線)照射影響試験を行い、照射前後のAm/Eu分離性能の変化を測定したところ、Amの吸着率の低下が確認された。例えば、50kGyまでの照射で、Amの吸着率は99.9%から93.3%に低下したが、実際のプロセスではクロマト分離剤の吸収線量が年間10〜20kGy程度と考えられ、材料の耐放射線性は十分にあると判断できる。 しかしながら、ゲルの塗布方法を改善すれば更に耐放射線性を向上することは可能である。今後の研究でそれを実証していきたい。
3.今後の展望
平成21年度の研究計画にある(1)多座包接型配位子の合成、(2)pH応答型抽出クロマト分離剤の合成、(3)実プロセス環境での抽出クロマトグラフィーの適用性研究について、所期の計画通りの研究成果をあげることができた。
今後の研究展開については、まずクロマト分離剤の耐放射線性を改善する予定である。平成20年度までにゲルを添着した貫通孔付き多孔質ガラスについてのγ線照射試験では、100kGyの照射でもAm吸着率は照射前と変化しなかったが、その程度まで耐放射線性を高めていきたい。ゲル層の顕微鏡観察では、コアシェル型ガラス担体を構成するシリカ粒子の細孔表面に塗布されたゲル層の剥離が見られており、剥離が耐放射線性劣化の大きな要因である思われる。こうした塗布状態の改善により、耐放射線性の改善を図る。これを達成すれば、すでにAm分離能の高いクロマト分離剤は得られており、これを使って無劣化・無廃棄物型のpH応答抽出クロマトグラフィーを平成22年度に完成することができる。