原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
白色中性子源を用いた中性子線量計の革新的校正法に関する研究
(研究代表者)原野英樹 計測標準研究部門量子放射科
(再委託先)国立大学法人京都大学、大学共同利用法人高エネルギー加速器研究機構、
独立行政法人放射線医学総合研究所
(研究開発期間)平成21年度〜23年度
1.研究開発の背景とねらい
原子力発電所や核燃料施設、加速器施設などの施設内や周辺環境における安全は目に見える形で保障されている必要がある。その安全指標のひとつとして線量計は、必要不可欠である。本事業では中性子線量計に着目し、そのエネルギー特性を、従来の離散的なエネルギー点で感度校正[1]を行う手法ではなく、白色中性子(連続的な中性子スペクトル)を利用して一度に連続的に測定する手法を提案・開発することで、中性子線量評価の高度化を図ることを目的とする。使用する白色中性子源は10 keV〜20 MeV領域を産総研ペレトロン加速器施設、熱外〜10 keVを京大電子ライナック施設で開発し、特性試験を実施する。また中性子飛行時間と線量計からの波高出力の2次元同時測定を基礎とした校正方法の開発を行い、実際の中性子線量計に対する実証試験を行う。さらに本事業では、J-PARCを始め近年発展の著しい高エネルギー加速器施設等で注目されている高エネルギー中性子に対する線量評価の高度化にも取り組む。高エネルギー中性子照射場にて得られる高エネルギー中性子成分に加えて低エネルギー側にテイルを持った準単色スペクトルを有する白色中性子について特性評価を実施する。以上により放射線施設の線量評価技術とその信頼性を高める足がかりとし、放射線防護における安全安心に貢献する。
2.研究開発成果
(1)白色中性子源を用いた中性子飛行時間と測定器出力の2次元測定による校正法に関する研究
本事業で提案している白色中性子源を用いた校正法は、中性子飛行時間(TOF)と線量計からの波高出力を2次元同時測定によって行われる。TOFは中性子エネルギーに対応しており、図1に示すように高エネルギーの中性子は速く、低エネルギーの中性子は遅く移動することを利用してさまざまなエネルギーの中性子を一度に測定することができる。2次元同時測定により、中性子エネルギーに対応した線量計出力情報を得ることができるため、白色中性子を利用すれば、広領域の感度を一度に取得することができる。本研究項目では、TOFにより白色中性子のスペクトル及びフルエンス情報を正確に知るための測定器の試作及び特性試験を行う。
図1 本事業の校正法のイメージ図
①10 keV〜20 MeV速中性子領域における校正法に関する研究
10 keV〜20 MeV領域については、産総研のペレトロン加速器施設において開発を行った(2)項で記載の白色中性子源を利用して試験を行う。中性子の場合、エネルギー領域に応じて中性子検出のプロセスに特徴があるため、広エネルギー領域の中性子を計測する場合には、大きく低エネルギー中性子用、速中性子用の測定器に分けられる。そこで測定器として低エネルギー用中性子測定器(6Liガラスシンチレータ直径50 mm、厚さ5 mm)と速中性子用の液体シンチレーション検出器(直径76 mm、長さ76 mm)を用意した(図2)。共に、時間分解能が良くTOF測定を行うのに適している。低エネルギー用中性子測定器については、産総研施設において144 keV、565 keV単色中性子を液体シンチレーション検出器については、5 MeVと14.8 MeV単色中性子を利用した特性試験を行い、計算による評価も含めて検出効率曲線を決定した(図2)。一方、1 MeV以上の中性子フルエンスを精度良く決定し、液体シンチレーション検出器による結果をサポートするために、速中性子用測定器(カウンタテレスコープ)を試作した。速中性子用測定器は、ポリエチレン(直径30 mm、厚さ1 mm)、2台の表面障壁型シリコン半導体検出器(有感領域706 mm2、空乏層厚2000μmと有感領域706 mm2、空乏層厚100μm)によって構成されており、8.0 MeV単色中性子場で特性試験を行った。平成22年度以降これらの測定器を用いてTOF測定による中性子スペクトルとフルエンスの測定を実施する予定である。
②熱外〜10 keV領域における校正法に関する研究
熱外〜10 keV領域については、京都大学原子炉実験所電子ライナック施設における光核反応中性子源を利用する。白色中性子は、(γ,n)反応によって生成される中性子を水減速させることによって得られる。この中性子源では、中性子発生のプロセスで「ガンマフラッシュ」と呼ばれる高強度のガンマ線が発生し、これがしばしば中性子測定の障害となる。そこで、ガンマフラッシュを効率よく低減するために微調整可能なガンマフラッシュ遮蔽用鉛シャドーバーを導入し、測定環境を整えた。熱外〜10 keV領域の白色中性子測定は、10B(n,αγ)反応による478 keV単色ガンマ線を全吸収BGO検出器を用いて測定することによって行われる。TOFと測定器出力の2次元同時測定が可能な信号処理システムを導入し、全吸収BGO検出器からの信号は、この信号処理システムを利用してTOFと波高出力の2次元(図3)で処理され、中性子スペクトルが求められた。さらに、ここで用いている光核反応中性子源は、実際には10 keV以上の中性子も発生しており、一部は直接測定器設置位置に到達する。この高エネルギー中性子成分は、線量計校正においてバックグランドとなり得るものであり、高エネルギー成分も含めた中性子スペクトルの形状を正確に把握する必要がある。そこで、「①10 keV〜20 MeV速中性子領域における校正法に関する研究」で利用する低エネルギー用中性子測定器と液体シンチレーション検出器を用いてTOF法により京大施設における全領域の中性子スペクトル(図3)を求めた。更なる検討のため、ボナー球(複数の球形ポリエチレン減速材と3He比例計数管によって構成)による測定を行い、アンフォールディング法を利用した中性子スペクトル導出のデータ処理を進めている。このスペクトル情報を基に、線量計への実証試験を行う見通しが得られている。
図2 本事業で使用する測定器と検出効率曲線
図3 京大信号処理システムによる2次元プロットと中性子スペクトルの暫定結果
③線量計への実用化研究
本研究においては、環境の線量測定に用いられるサーベイメータの典型的な構造である減速材付の測定器を将来的に提案した校正方法に適用するための検討も行っている。減速材付検出器では、中性子がポリエチレン内での減速過程でも時間を費やすため、センサー部分に中性子が直接到達するよりも時間遅れが発生する[2]。すなわち、本研究でのキーワードであるTOFと実際の中性子エネルギーとの関係にゆがみが生じるため、さまざまな形状の減速材中での複数の中性子エネルギーについて、中性子の時間的挙動をMCNPモンテカルロシミュレーションによって評価し、減速材付き測定器に対するTOFと中性子エネルギーに関する知見が得られた。
(2)静電加速器を用いたパルス白色中性子源に関する研究
本事業では、TOF測定を行うために、中性子をパルス的に発生させる必要がある。10 keV〜20 MeV領域の白色中性子源は、7Li(d,n)反応、7Li(p,n)反応、9Be(α,n)反応を組み合わせたものによって構成される。そこで、これらの反応を起こすための重水素や陽子のイオンビームをパルス的に発生させる必要がある。そこで、産総研が所有するシングルエンド型4 MVペレトロン加速器(米国National Electrostatics Corporation 製、4UH-HC)からクライストロンバンチング法によりパルスイオンビームを発生させるための要素であるスウィープ電極、ポップ電極、バンチャーを、図4に示すように既存のイオン源アッセンブリに組み込むために、対応する電子回路系を試作した。平成22年度にこれらの回路系を加速器本体に導入し、0.5 MHz〜4 MHzの繰り返し周波数でパルスビームの発生を行う予定である。また、本研究で利用する7Li(d,n)反応、9Be(α,n)反応、7Li(p,n)反応の3種類の核反応を連続的に利用するためのターゲットチェンジャーを作製し、各反応の核データや核反応特性についても詳細に調査し、平成22年度の白色中性子発生への準備を整えた。
図4 ペレトロン用パルス化装置を構成する各回路と電源の配線概念図
(3)準単色高エネルギー中性子場における低エネルギー成分の解明
図5 7Li(p,n)反応準単色高エネルギー中性子場で、TOFによって得られるスペクトルと使用する減速材付検出器
高エネルギー中性子線量計の校正に用いられる7Li(p,n)反応準単色中性子は、通常サイクロトロンを利用してパルス的に発生し、中性子スペクトルもTOF測定によって得られるため、本事業で提案している校正法を応用することができる。しかしながら低エネルギー部分でTOF測定には限界がある。一方で、高エネルギー中性子用の線量計も一般的に低エネルギー領域に感度を持つため、校正に用いる高エネルギー中性子場のスペクトル形状を完全に知る必要があるが、現状では低エネルギー成分は、外挿や予測に基づいている。そこで、本事業では実験的に測定することを試みる。第1段階として日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所TIARAにおけるAVFサイクロトロン加速器施設を利用した高エネルギー中性子場において減速材付中性子検出器(図5)を用いた予備実験を実施した。減速材の大きさ、材質を変化させることによって、中性子に対する応答関数を大きく変えることができ、この応答関数の違いを利用してアンフォールディング法により中性子スペクトルを求める。TIARAにおいてピークエネルギー45 MeVの準単色中性子に対して測定を行い、現在データ処理を進めている。基礎データとなるピーク部分のスペクトル形状は液体シンチレーション検出器を利用してTOF法によって得られている(図5)。低エネルギー成分のより詳細な情報を実験的に得るために、6Li(n,α)反応と3He(n,p)反応を応用した2種類の検出器を設計・開発し、特性試験を実施している。平成22年度以降実際の7Li(p,n)反応準単色高エネルギー中性子場における測定を実施する予定である。
3.今後の展望
平成22年度には、10 keV以上の領域についてもペレトロン加速器を利用したパルス白色中性子源が完成し、基準となる中性子スペクトル、フルエンスの測定を開始できる予定である。最終年度となる平成23年度には、白色中性子場を利用した中性子線量計の校正を実際に行い、最終的に実際の作業環境場における線量評価へと展開していく予定である。本事業で開発する校正法は、世界的にも初めての試みであり、より詳細な線量評価の道筋を示すことになると考えている。
4.参考文献
[1] ISO8529-1, Reference Neutron Radiations Part1: Characteristics and Methods of Production 2001, ISO 8529-1.
[2]小佐古敏荘、中村尚司、岩井敏、藤木信二、鎌田雅史「減速材付中性子検出器の応答関数の評価と環境中性子計測への応用」東京大学原子核研究所、1983年8月