原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集
加速器中性子源による癌中性子捕捉療法の高度化に関する研究
(研究代表者)小野公二 原子炉実験所
(再委託先)公立大学法人大阪府立大学、学校法人大阪医科大学、学校法人川崎医科大学、
独立行政法人放射線医学総合研究所、独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究開発期間)平成20年度〜22年度
1.研究開発の背景とねらい
本事業では標準治療後の再発例や初回からの局所進行例など現在の高精度放射線療法の恩恵を享受できない癌患者に対し、従来、原子炉中性子を用いて試験的に実施し良好な効果が認められた癌細胞レベルで選択性の高い照射が可能なホウ素中性子捕捉療法を、現在の原子炉中性子から平成20年度に取出しが可能となる京大原子炉実験所で準備中のサイクロトロン中性子に変え、本療法の高度化を図るために、その要素技術を開発する。そのため、下記の研究を推進する。1)加速器中性子に対応する治療計画法の高度化に係る研究を推進する。具体的には、当該中性子の物理学的特性の研究と強度分布のモデュレーションなど照射システムの開発、治療線量域での中性子の生物学的特性の研究、低線量域における生物影響研究、生体試料中の硼素化合物濃度の簡便迅速測定法の確立などである。2)現在利用可能な硼素化合物の腫瘍集積特性を腫瘍の微小環境の修飾(例えば腫瘍加温など)やDDS利用にて更に向上させる硼素化合物の化学的研究を進める。3)核医学画像で把握可能な腫瘍細胞の増殖能などの生物特性と硼素化合物集積の腫瘍特異性の関連を解明し、医用画像による症例選択の科学的基礎を確立する。4)加速器中性子の特性を考慮した時の悪性脳腫瘍例や再発・進行頭頸部癌例の適正選択に資する臨床病態の解明と局所制御の改善を長期予後の改善に繋ぐ適切な補助療法を研究する、5)MRI、PETなどの医用画像で得られる腫瘍や正常組織への硼素化合物集積の特性を考慮した高精度の線量シミュレーション法を開発する。
2.研究開発成果
①加速器中性子ビームの物理特性の検索
下図上段左はサイクロトロン中性子照射システムの加速陽子をBe標的に衝突させて中性子を発生、それを最適なエネルギーに減速する部分の概要図である。同右はファントムに照射した際の各放射線成分の深部分布である。
下段左図は現在の京大炉における同様の放射線の深部分布、また同右図は、本研究で比較研究の対象としたバーミンガム大学の静電加速器中性子源で得られる同様のデータである。
これらより、今回開発のサイクロトロン中性子源は5cm深部で京大炉のビームの2倍超、バーミンガムの静電加速器中性子源の約10倍の中性子強度の性能を有する、世界で唯一、臨床への応用の可能性を持った加速器中性子源であることが明らかになった。
②血液(血漿)中のホウ素濃度の迅速・簡便な化合物由来別濃度測定法の開発
ホウ素化合物の腫瘍内での不均一分布を緩和するために複数のホウ素化合物(BSHとBPA)が併用されることがある。その場合、各ホウ素化合物のCBE値が異なるため、線量を正確に評価するのは各々に由来する血中ホウ素濃度を決める必要がある。そのため、BPAの測定に特化した新測定法を開発し、これにICPによる測定(総ホウ素濃度を測定)を組み合わせて弁別測定を可能にした。下図にその実効性を示す。左図■はBPA投与前マウス血液の、□はBPA投与後血液の測定結果である両者の比較から、BPAの血中ホウ素濃度13ppmが求まる。右図は、測定値にBSHの共存が影響しないことを示している。なお、本法は実験犬でも検証した。
③加速器中性子ビームの生物特性の検索
繊維芽細胞を材料に中性子ビームの生物学的特性を検索した。また同時にホウ素化合物BPAを加えてホウ素中性子捕獲反応による殺細胞効果の増強も検証した。この系で求めたRBE=2.0であった。また、ホウ素濃度で25ppmのBPAを併用するガンマ線の効果に比して6.5になった。マウスの頭頸部を照射すると10日以降20日までに放射線口腔炎によって摂食・飲水の障害に因って死亡する。データを下図に示す。RBEを求めると、2.8が得られた。
④硼素化合物の化学修飾、DDS応用による腫瘍集積性の向上
BSHは細胞膜の透過性に乏しく、投与されたBSHの殆どは細胞外の組織間質液中に存在すると考えられている。ところが、これにポリペプチドを結合させると良好な透過性が生まれ、一旦細胞に入ったBSHはそこに留まることが分かっている。ただ、そうしたBSHの誘導体を得るには効率の良い合成法の開発が必要である。そこで、BSHのチオール基の高い求核性に着目して、GSHをポリペプチドのモデルとして効率の良いGSH-BSH合成方を開発した(下記)。収率51%でGSH-BSH付加体が得られた。この方法は温和な水系反応であり、より高分子のペプチドや多くのSH基を持つ抗体タンパク等のBSH修飾を可能とするため汎用性の高い合成法である。この反応を、応用して、次にシステイン−PAMANデンドリマーのBSH修飾を行った。市販のG4-PAMAMデンドリマーの最外側のアミノ基にL-システインを導入したチオールデンドリマーを原料に用いた。BSH修飾し、最外側にBSHを導入することに成功した。この合成では、理論上は16個のBSH骨格、すなわち、16 X 12=192 個の硼素原子を導入することが可能となった。
⑤悪性脳腫瘍の加速器中性子源による中性子捕捉療法の適応の高度化に関する研究
59 sample の悪性脳腫瘍手術摘出標本(32検体はfresh sample, 27検体はパラフィンブロック)よりDNAを回収し、MGMT promoter のmethylation statusをmethylation-specific PCRおよび免疫組織染色により検討した。fresh sample 32検体中メチル化陽性例は17例、陰性例は15例であり、1例は判定不能であった。パラフィンブロックより回収した27検体ではメチル化陽性例は11例、陰性例は9例であり、7例は判定不能であった。以上の結果よりメチル化陽性例は55%であり、陰性例は45%であった。この数字はおおむね報告されている既知の割合に等しく、矛盾はないものと思われた。また、fresh sampleからはほぼすべての症例からDNAが回収でき、PCRによりどちらかの判定が可能であったが、パラフィンブロックからのDNA回収、検討可能例は74%に過ぎず、26%は検討不能であった。MGMT promoter メチル化陽性例では免疫組織染色の結果は陰性であり、MGMT promoter メチル化陰性例では免疫組織染色の結果は陽性であり矛盾はなかった。これらの結果と予後との関連の解析が待たれる。
⑥再発・進行頭頸部癌の加速器中性子源による中性子捕捉療法の適応の高度化に関する研究
加速器BNCTの準備としてこれまでに原子炉中性子ビームで実施した62症例の頭頸部癌に対するBNCTの解析を行った。初発病変への照射例13例、再発病変への照射例49例であった。照射後のGrade3または4の有害事象は、照射後1ヶ月以内は、放射性皮膚炎・口内炎:8例、アミラーゼ上昇:17例 平均714(147-2174) I.U/ml、2ヶ月〜6ヶ月では放射性皮膚炎・口内炎:3例、アミラーゼ上昇:0例、6ヶ月以後になると放射性皮膚炎・口内炎:3例で、6ヶ月以後も放射性皮膚炎・口内炎が遷延した3例は、照射線量が非常に高く設定されていた症例で、予期せぬ合併症では無かった。BNCT後の粗生存率は下図に示したように、初発例で有意に良好な成績を示した。
⑦適応症例の適正な選択に資する診断法の開発
BPAの体内動態、腫瘍への取り込みを他の腫瘍診断用トレーサーと比較検討するため、BPAのトリチウム標識体を合成した。標識反応生成物をHPLCによって解析すると3ピークが得られた。このうち一つのピークがトリチウムで標識されたBPAである可能性が高い。このピークを分取して、子宮頸癌細胞(HeLa)も含めて、他のトレーサー(核酸代謝:FLT、糖代謝:FDG、アミノ酸輸送:Phe、Met)との細胞取込の比較をおこなった。このピークの取り込みは、BPAと同じアミノ酸輸送システムを利用して取り込まれるPheやMetと同様の傾向が認められた。中皮腫モデルマウスで検証するとこのピークはPheと類似の挙動を示した。ただ、腫瘍:血漿の放射能濃度比Metの方が良好であった。
3.今後の展望
これまでの本事業によって、加速器中性子ビームの物理学的ならびに生物学的特性が可成り把握できた。ビームのRBEが決まったことから、ヒトを対象とする臨床試験に一歩近づいた。今後、ヒトを対象とした場合の全身被曝に関する検討が必要で、ヒト型水ファントムのみならず患犬を用いた試験的加速器BNCTを実施して、総合的な安全性と効果を確認する。二種のホウ素化合物を同時に含む資料から各ホウ素化合物の由来別にそのホウ素濃度を測定する技術も確立したと考えられるので、原子炉中性子によるBNCT患者の試料でもって有用性を検証する。従来の原子炉BNCTによる試験治療患者のデータから、有害事象の頻度も明らかになって来たが、特に粘膜反応については線量効果関係の把握が不十分であり、加速器中性子での安全なBNCT実施の点から今後実施する原子炉BNCT患者での詳細観察と分析が求められる。新規化合物開発は合成されたものの効果の確認が原子炉中性子で実施される段階になっており、症例選択のための診断法の開発もBPAのトリチウム標識体による他のトレーサーとの系統的比較研究が予定される段階に至った。