原子力システム研究開発事業

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平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

核拡散リスクの確率論的定量評価手法の開発

(受託者)国立大学法人東京大学
(研究代表者)小田卓司 大学院工学系研究科 助教
(研究開発期間)平成21年度〜22年度

1.研究開発の背景とねらい
図1
図1 研究展開

 近年、緊迫した地球温暖化への対策として、原子力はその有効性が再認識され、積極的な導入が各国で計画されている。しかし、世界的かつ急速な原子力導入を進めるためには、原子炉や燃料サイクル施設へ高い核拡散抵抗性を付与して、核拡散リスクを低減することが必要である。特に、ウラン資源を有効利用するために研究開発が進められている高速増殖炉およびその燃料サイクルでは、核兵器への転用が容易なプルトニウム(Pu)を大量に扱うため、より綿密で厳重な核拡散リスクへの配慮が求められる。
 しかし、核拡散リスクを低減することは重要かつ必須である一方で、頻繁な査察の実施や国際社会による過度な監視は、原子力平和利用の経済性を損なう可能性がある。同様に、燃料の取り扱いの困難さを増加させ、原子炉やサイクル施設の安全性を低下させる弊害も想定される。そのため、核拡散抵抗性・経済性・安全性を総合的に最適化することが、国際競争力が高く、かつ国際社会の信認を得た発電炉や燃料サイクルを開発する上で肝要である。これらの異なる3つの特性を最適化するためには、それぞれについて定量的な指標を準備し、相互に比較する必要がある。また、核拡散リスクは必ずしも核拡散抵抗性のみで決定されるわけではなく、周囲の国との関係や、国家の経済状況などにも左右されるため、これらも包括的に考慮したリスク評価が重要である。
 そこで本研究では、核拡散抵抗性のみでなく国家間の関係性や核開発の動機等も包括的に考慮した、核拡散リスクの確率論的な定量評価手法を開発することを目的とする。そして、核拡散リスクの低い原子炉や核燃料サイクルの設計に必要な、知識基盤の構築に貢献することを目標とする(図1)。

2.研究開発成果
(1)既往研究からの情報収集と分析

 核拡散や核拡散抵抗性に関する既往の文献や報告書を調べ、モデル化すべき対象とその際の課題、モデルの限界を整理した。整理した文献から、核拡散リスクを決定する因子を抽出し、その影響の度合いや、核拡散リスクへの影響の及ぼし方を分析した。また、開発する評価手法の妥当性検証に利用可能なデータを、既往の事例研究等から収集した。
 核拡散リスクを分析する方法として、国内の燃料サイクルや施設が持つ核拡散抵抗性等の状況に注目する方法と、国家間の関係性に注目してゲーム理論を用いて半定量的に分析する方法が主に用いられていることを確認した。本研究では、国を主体としてとらえる後者の方法でモデル化を進めることとしつつも、ゲーム理論ではゲームの条件に制約が多いため、より柔軟な条件設定が可能なマルチエージェントシミュレーションを用いることとした。

(2)マルチエージェントモデルの開発

 既往文献の分析結果に基づき、抽出した各因子が核拡散リスクへ与える影響について、数値モデルを構築した。当初は、国力の定義において人口等も考慮した複雑な式を採用したが、最終的には、モデルは可能な限り単純化することとし、軍事力と経済力を重視した国力の定義に変更した。また、軍事力には軍事支出、経済力にはGDPを用いた。国家間の友好/敵対関係についても、当初の連続的評価から、3段階での離散的な評価に簡略化した。モデルは具体的なモデルと、抽象的なモデルを作成した。具体的なモデルでは、北朝鮮を中心とする日米中ロ韓北の6カ国に焦点をあて、(1)の文献調査の結果を参照しつつモデル化を進めた。これらの結果に基づき構築した数値モデルを用いて、核拡散リスクを決定する各因子の感度分析を行い、作成したシミュレーションコードの妥当性を評価した。適切にパラメータ調整を行うことで、北朝鮮の核開発の事例に近いシミュレーション結果が得ることができた。
 加えて、核拡散抵抗性と核拡散リスクを関連付けるために、各国の核開発の動機として、仮想的な4ヶ国を対象としたマルチエージェントモデルを構築し、そのシミュレーションプログラムを開発した。核兵器開発に対して制裁を課さない条件では、乱数を用いて実施した1000回のシミュレーションのいずれにおいても、国力の増加と安全保障の確保を駆動力として、核兵器開発を意図する国家が出現した。一方で、制裁を課した場合(図2)、核開発による国力増加や安全保障確保のベネフィットと、制裁によるリスクとのバランスにより、核兵器開発を意図する国家の出現確率が低下した。また、核兵器開発に要する時間を増加させた場合(例えば、核拡散抵抗性の高い技術が導入された場合に相当)、あるいは、兵器開発が検知される確率が増加した場合(例えば、適切な保障措置が実行されている場合に相当)には、核兵器開発を意図する国家の出現確率が低下するという妥当な傾向が確認された。

図2
図2 強い制裁があるケースでの核拡散リスク(左:国力の変化、右:核開発度の変化)
3.今後の展望

 事例研究の対象を広げ、北朝鮮の事例のみでなく、過去の多様な事例に対応可能な数値モデルの構築を目指す。そして、構築した数値モデルに基づいて、マルチエージェントシミュレーションを実施して国家の特徴や国家間の関係が核拡散リスクに与える影響を評価し、核拡散に対して堅固/脆弱な条件の明示化や、状況に適した核拡散リスク低減策の整理等を行う予定である。

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